事業承継のカタチvol.9 フードショップたけだ
事業承継は会社にとって重要な課題だが、日々の経営に追われ先送りにされがちだ。準備には5~10年がかかるとされ、長期的な視点で取り組む必要がある。親族内、第三者などさまざまな事業承継の事例を連載で紹介する。
70歳を前に閉店検討 知人の紹介で後継者に会う
安芸高田市のJR向原駅構内に店を構えるフードショップたけだ。主力の精肉のほか、鮮魚、野菜などの生鮮品、調味料など、一般家庭で日常的に使う食料品全般をそろえ、地域住民に欠かせない商店として親しまれている。
前店主の竹田隆さんが約40年前に別の場所にあった同店の経営を引き継ぎ、2005 年から現在地で営業を始めた。竹田さんは店を存続させるために後継者を探していたが見つからず、70歳を目前にして閉店を視野に入れながら営業を続けていた。竹田さんは、
「当店のような田舎にある店は、周りに代わりの店がなく、高齢のお客さんが多いため、どうしてもやめにくい。議員さんからやめないでほしいと頼まれたことも。長男が近くに住んでいますが継ぐ気はなく、次男は以前継ぐために大阪から戻ってきましたが、結局続けられませんでした。親族に後継者がいないため、第三者から探すしか選択肢はありませんでした。見つけられなければ、やむを得ず閉店するしかないと覚悟していました」
あるとき何気なく相談した店舗前の観光協会に勤める地域おこし協力隊の知人から、同じ協力隊として活動する森本真希さんの紹介を受けたことで、承継の話が急展開で進み始める。
田舎暮らしにあこがれ 協力隊から、事業の継承へ
森本さんは幼少期を広島市内で過ごし、週末や夏休みに祖父母が暮らす安芸高田市をたびたび訪れていた。虫や魚を取ったり、たき火をしたり、〝楽しい場所〟として強く印象に残っていた。大学を卒業し、結婚を機に東京で暮らしていたが、その間もずっと自然豊かな安芸高田市での生活を夢に見ていたという。
2010 年に帰広し、広島市の臨時職員として働いていたとき、安芸高田市の地域おこし協力隊の募集を知り、迷わず応募。見事採用され、念願だった同市での生活を始める。
協力隊として特産トマト「なつのしゅん」を使ったトマトピューレやジビエカレーなどの開発を経験。約1年が過ぎた頃、協力隊の同期から、フードショップたけだのオーナーが店の後継者を探しているとの情報が届く。森本さんは、
「以前からお店を出したいと考えており、そば屋さんやパン屋さんなどでシミュレーションを進めていました。すぐにオーナーの竹田さんにお会いし、条件を聞かせてもらい、引き継ぐことを決意しました」
自身も経営を引き継ぎ、その大変さを知っていた竹田さんは、
「ものすごくラッキーな出会いでしたね。継いでもらうために良い条件を出さなければと考え、事業を無償で譲渡することに。店舗設備から自動車、包丁1本まで、そのまま営業できるように差し上げました。また、しばらく一緒に働いてノウハウを引き継ぐことに。病院や高齢者施設に野菜などを納品する仕事もあり、ある程度の安定的な収益を確保していたのもよかった。もちろん決算書をすべて見せ、経営の状況を隠さず伝えました」
帰広したとき、森本さんは娘を連れてきたが、夫の貢さんは東京に残ったままで家族が離れて暮らしていた。森本さんは、
「東京にいる主人は寝る時間がないほど激務を抱えて働いていたため、体の限界を迎えているようでした。竹田さんからは人を雇用するほどの収入は難しいが、夫婦でやればなんとかなると聞かせもらい、主人を安芸高田市に呼び、一緒に働くことにしました」
事業の引継ぎを機に、家族一緒の生活も手に入れた。
顧客との関係づくりに注力 自分らしいお店づくりを
事業の引継ぎにあたり、安芸高田市商工会に相談し、営業許可、税務などの諸手続に関するアドバイスを受け、資産の承継については専門家を活用した。市の補助金も活用するなど、さまざまな支援を受け、円滑な承継につなげることができた。
支援を受けながら、ほぼ素人の状態で経営を始めた森本さん。竹田さんは中山間地ならでは客の特徴をつかまなければとアドバイスする。
「1日に何回も来店されるお客さんもいます。『今日、1日誰とも話してないから』と話をしに来るか、情報を得るために来店される方が多い。そのため、お客さんとの関係次第で売り上げが変わります。私は新聞を細かくチェックし、書道入選の記事があったら、どこの家のお孫さんかを調べて声を掛けていました。そこで会話が生まれ、さまざまなコミュニケーションもできる。便利さも、きれいさも、価格も、大手のスーパーには勝てません。しかし、欠品したときに『仕入れるから、明日まで待ってよ』と頼んだら、待ってくださるお客さんがいるんです」
森本さんは特有の商売に戸惑いながらも手探りで接客し、顧客との関係性を築いている。
「まずは現在のお客さまを大事にすることが大切だと思っています。しかし竹田さんとまったく同じことはできません。少しずつですが、自分らしくお店をつくっていきたいですね」
今後、自身が協力隊時代に開発したトマトピューレを使った商品開発に加え、まな板やスプーン、フォークなど調理器具も置きたいと語る。やりたいことの夢は膨らむ。現在、今後の事業拡大を見据え、商工会経営指導員のアドバイスを受けて、事業計画の作成に取り組んでいるところだ。
「この地域の人口は今後も減り続けます。ここでしか買えないものを置き、周辺からもわざわざ訪ねてもらえる店にしたいです」
広島市内でサンドイッチ店を営む妹家族も移り住み、商品開発を手伝ってもらう予定だ。店舗経営を通して、新しい風を安芸高田市に吹き込んでいく。