廃業した老舗豆腐店を買い取り、生産再開〔第三者承継〕

公開:2019年5月13日

M&A事例

事業承継のカタチvol.8 株式会社三段峡豆腐

事業承継は会社にとって重要な課題だが、日々の経営に追われ先送りにされがちだ。準備には5~10年がかかるとされ、長期的な視点で取り組む必要がある。親族内、第三者などさまざまな事業承継の事例を連載で紹介する。

経営者の病気で一時廃業 親しまれた〝地域の味〟復活

清流と緑の峡谷美を誇る国の特別名勝「三段峡」からほど近い、自然豊かな安芸太田町戸河内に工場を構える「三段峡豆腐」。30年以上にわたり同町や安佐北区可部地区の住民たちに親しまれたが、経営者の病気を理由に2016 年にやむなく廃業していた。17年に辻克徳さんが事業を買い取り、18年3月から生産を再開。約2年ぶりに〝地域の味〟を復活させた。辻さんは、
「一度廃業したものの、今でも地域での三段峡豆腐の認知度は高く、取扱店を着実に増やしています。地域の方から『よくやった』と励ましの声を頂くことも多く、改めて引き継いで良かったと感じています」

事業買い取り、夢を実現 操業前に想定外の壁も

辻さんは呉市出身で、大型トラックの運転手として働いていたが腰を痛め、14年に豆腐の移動販売のフランチャイズに加盟し独立した。当初から順調に売り上げを伸ばしたが、
「商品を仕入れて売るだけのビジネスのため、お客さまから豆腐の仕上がりについて感想を聞かせていただいても、『製造元に伝えておきます』としか言えませんでした。いつかは自分で作りたいと思い、機会を探していました」

17年、広島県事業引継ぎ支援センターでたまたま三段峡豆腐の売却情報を知った辻さんはすぐ工場へ。それまで三段峡豆腐の存在を認識していなかったが、きれいな工場と手入れの行き届いた機械の状態から、前経営者のものづくりへの誠実な姿勢を感じたほか、豊富な井戸水などに引かれ、すぐに承継を決めた。

「工場や機械取得などの多額の初期投資は負担が大きく、まったくゼロの状態から豆腐製造を始めることは不可能だったと思います。また大量の水を使う豆腐製造では、水がとても大切です。水道水を使う同業者が増えていますが、豊富な井戸水を流し続けて清潔に保つことができる、この工場の環境は非常にありがたかったです」

日本政策金融公庫から融資を受け、建物は賃貸で、機械を買い取る形で経営を引き継いだ。間もなく操業予定だったが、食品衛生や消防法などの許認可申請に手間取り、当初予定より半年遅れで生産にこぎ着けた。
「既に社員を雇用しており、最初から大きくつまずいてしまいました。『休業』だと、以前の許認可のまま事業を再開できますが、『廃業』は一から許認可申請を始める覚悟で臨まなければいけませんでした。特に食品製造業は、事業を引き継ぐ前に何に時間と経費がかかるか調べておくことが大切だと痛感しました。もしも工場の建物がスプリンクラー設置などの消防法の審査に引っかかっていたら、操業する前に倒産していたかもしれません」

独立で自分らしく働く 品質求め、豆腐市場で成長へ

辻さんは豆腐を販売していたものの、製造の分野は素人同然。先代に一から指導を受け、製造を始めた。大豆を洗浄、浸漬、摩砕し、豆乳とおからの状態にするまで機械を使い、それ以降の豆乳の凝固、型入れ、圧搾、個包装までのすべてを手作業で行う昔ながらの製法を採用している。当初は失敗の連続で、思い通りに固まらないなど、まったく商品にできない状態だったという。現在は月・木曜の週2回、1日当たり約600丁を生産する。
「朝7時から5~6時間休憩もなく、待ったなしで作ります。たとえば大豆に含まれる油分が少ないと、豆腐が固まりにくいなど、大豆の質によって同じように作っても仕上がりが異なってきます。微調整はすべて手で行います。当初は失敗を重ねる日々でしたが、ようやく納得のいく味に仕上げられるようになりました。豆腐作りの奥深さを感じています。長時間の重労働があり、大変な仕事ですが、自分で作ることの喜びを感じています」

自らの方針も打ち出す。以前はカナダ産大豆を使っていたが、承継を機に国産大豆100 %に切り替え、品質重視を一層強化している。 「大豆を国産に変えたことで仕入れ値は上がりました。価格競争では、大手の同業者には勝てない。品質で勝負するしか中小に生きる道はありません。三段峡豆腐は堅さがありながら、口の中でぼそぼそとしないのが特徴。湯豆腐でも、箸でしっかりと持って食べていただけます。木綿豆腐1丁の価格は200円と、安価な商品と比べて高めですが、それでも着実に売り上げを伸ばしています」

今後、生揚げ(厚揚げ)、油揚げなど新商品を増やすほか、販売エリアを拡大する方針だ。将来は自宅まで豆腐を届ける移動販売にも乗り出すなど、新たな展開を視野に入れる。
「スーパーなどの店頭を見てもらうと分かりますが、豆腐は一定の売り場が確保されており、値段や堅さなど異なるさまざまな種類が売られています。豆腐の市場は大きく、当社の成長の可能性も大きいと考えています。お客さまから伺った感想を豆腐作りに反映させ、これからも地域に一層愛される豆腐を提供していきたいです」

呉市に妻子を残し、安芸太田町に単身赴任しており、繊細な豆腐作りに向き合う日々を送る。

(情報提供:広島県)