娘婿に承継、引き継ぎたいと思わせる会社づくりを〔親族内承継〕

公開:2019年3月27日

M&A事例

事業承継のカタチvol.4 株式会社タテイシ広美社

事業承継は会社にとって重要な課題だが、日々の経営に追われ先送りにされがちだ。準備には5~10年がかかるとされ、長期的な視点で取り組む必要がある。親族内、第三者などさまざまな事業承継の事例を連載で紹介する。

娘婿に事業継承へ 初見で意気投合

府中市の山あいに本社を構えるタテイシ広美社。立石克昭会長が1977 年に屋内外の看板製作で創業し、LED電光表示システムや電子ペーパーなど、最新技術を用いた新商品開発を積極的に進める。いち早く、2020 年の東京五輪を見据えた営業を展開し、大会までの残り日数を示す電子掲示板をNEC(東京)と連携して造るなど、首都圏を中心に業績を伸ばしている。17年の創業40周年を機に、娘婿の立石良典さんに社長職を引き継いだ。

克昭会長には娘が3人いるが、無理に子どもたちに経営を引き継ぐ意識はなく、「自分が元気な間は」と事業承継はもともと二の次だった。約10年前に長女の彼氏として良典さんと出会ったことで、早めの承継を意識するように。まだ結婚前の会食だったが、
「初見で意気投合。誠実であり、私と同じチャレンジ精神を持った青年で、すぐに経営者の素質を確信した」という。

愛知県出身の良典社長は、大学を卒業し日本鋼管(現JFEホールディングス)を経て、凸版印刷に入社。2008~13年に中国・上海に駐在し、自動車や化粧品会社を相手に広告物の営業などを担当していた。良典社長は、
「当時、中国は毎年10%台の経済成長を続け、多くのベンチャー企業が急成長を果たす姿を目の当たりにしました。大手企業の社員として駐在しましたが、現地社員を含め100人ほどで海外の熾烈な競争に勝ち残らなければならず、ここで中小規模での仕事の面白さを体感。その経験から、妻の家業であるタテイシ広美社の経営にも興味を持ちました。新分野に挑戦を続ける社風にも共感しました」

2代表制で役割を分担 話しやすい関係づくりが大切

帰国後の2013 年にタテイシに入社し、常務を経て社長に就いた。2人で経営全般を統括しながら、会長が従来の取引先関連の仕事を継続し、社長が新事業の立ち上げや関東市場の開拓を担い、役割を分担。その結果、良典社長が入社してから売上高は3倍に、社員数は2倍に増えた。良典社長は、
「会長がいてくれるので、私は新しい分野に注力できる。2人が両輪で走ることで成長を加速させています」

今も週に1度は食事をしながらコミュニケーションを取る。克昭会長は、良典社長に対して「実際に壁にぶち当たらないと、経営者の覚悟は固まらない」と突き放しつつも、日頃から相談しやすい関係をつくる配慮を欠かさない。

理念の浸透に注力 経営基盤、制度を構築

創業から40年間赤字を一度も計上したことがなく、自己資本比率が70%を上回る優良企業だ。中小にはハードルの高い新卒採用を定期的に行い、離職者も少ない。看板のデジタル化が進む中、システムエンジニアやデザイナー、設計士など若者に人気の仕事を増やし、社員約50人の平均年齢は30代前半だ。17年には東京出身者をIターンで迎え入れた。

これらの経営基盤、社内制度、社風は、一朝一夕でできたものではなく、試行錯誤の繰り返しの先に築いたものだ。その基本には経営理念があるという。毎朝唱和するほか、新入社員には時間をかけて解説し、浸透に力を注ぐ。克昭会長は、
「『お客様の繁栄を考え、地域・社会へ貢献することが我社の繁栄につながる』という理念を掲げており、これを社員に伝え、納得してもらうことが経営の基本です」

 良典社長も経営理念のメリットを、こう話す。
「経営理念が判断に迷ったときの基準になる。いつもここに立ち返り、社長に就いた後も会長が目指す同じ会社像に向かって経営ができています」  また克昭会長は、経営者の最大の仕事は「社員を幸せにすること」と断言。毎年制作する経営指針書には、社員全員が業務目標のほかにプライベートの夢も書く。
「個別面談では仕事以外の話をたくさんします。プライベートを含めて意識を共有することで、社員のモチベーションが変わってくる。ここに書いた夢を実現した社員は多い。非常に手間がかかりますが、中小だからこそできる効果的な取り組みです」

“いこる”ところに資源集まる 経営楽しむ姿勢を大切に

取引先に配る1枚の絵はがきがある。克昭会長が描いた、明るく燃える炭のイラストに「いこるところに人は集まる」という文字が添えられている。「いこる」は炭に赤々と火が付いた状態を指す備後弁だ。バーベキューでは“いこっている”炭の上にだけ肉が置かれる例を挙げ、
「“いこる”ところに、必然と良い情報・仕事・出会いが巡ってきます。当然ですが、事業承継で大切なのは継ぎたいと思ってもらえる会社にすること。安定した財務状況や事業の将来性などが必要ですが、まずは経営者が仕事を楽しむこと。つらいこともありますが、楽しんでいる人の周りに人は集まる。まずは経営者がいこる、つまり種火になって経営を楽しみましょう」

業界の最先端に触れようと2年前に会社の全額負担で、米国への視察旅行を実施。注目を集める東京五輪関連の受注を増やし、海外市場への本格進出を視野に入れる。府中市から世界へ、挑戦は続く。

(情報提供:広島県)