父親が急死、22歳で社長就任〔親族内承継〕

公開:2019年3月18日

M&A事例

事業承継のカタチvol.2 堀越車体部品販売株式会社

事業承継は会社にとって重要な課題だが、日々の経営に追われ先送りにされがちだ。準備には5~10年がかかるとされ、長期的な視点で取り組む必要がある。親族内、第三者などさまざまな事業承継の事例を連載で紹介する。

70歳社長にガン宣告 急きょ、息子が事業承継へ

自動車修理工場向けに、トラックやトレーラーなどの補修部品を卸す、堀越車体部品販売。1986年の創業来、県東部や山口県岩国地区などを主なエリアに、迅速で小回りの利く営業を展開し、事業規模を順調に拡大していた。しかし新年を迎えたばかりの2014年1月、体調に違和感を覚えた創業者の十川征三社長(当時70歳)が突然、末期ガンの宣告を受けた。急きょ、経営の引き継ぎを急ぐことになり、長男の孝行さん(当時22歳)にその大役を打診した。

孝行さんはその年に広島修道大を卒業し、県内の金融機関に入ったばかりのフレッシュマンだった。孝行さんは、
「決して父子の仲が良いとは言えない関係でした。子どもの頃からいつかは継ぐように言われていましたが、継ぐ意識はありませんでした。いざ『社長になれ』と言われても、金融機関に入ったばかり。経営の方法なんて分からないし、事業内容すら詳細には知らない状態でした。すぐに『継ぐよ』と答えなかったため、父からは『何をぐずぐずしとるんや。はっきりせい。どうするんや』と迫られました。残り少ない命に焦りもあったのでしょう。父が心血を注いで育てた会社の存続可否の決断を、私がしなければならない状況は苦しかったですね。不安の気持ちしかありませんでしたが、ある意味、せかす父に、たんかを切って引き受けた感じでした」
 正月休み明けの4日の仕事初めの日に金融機関を辞め、暗中模索のまま、堀越車体の門をたたいた。またプライベートでは、大学時代に結婚し、その年に子どもが生まれたばかりだった。さらに妹はまだ大学1年生。会社の経営、子どもの教育、妹の親権の引き継ぎと、同時に複数の重責を負うことになった。

引き継ぎないまま、経営開始 社員・顧客に支えられ推進

約1カ月後の2月11日に征三さんは永眠した。結局、一緒に事務所に出社することはかなわなかった。末期ガンが発見された日から、毎日のように病室に駆けつけて、日に日に弱っていく父親とさまざまな話をしたが、経営者としての引き継ぎ作業は満足にはできなかったという。

いざ社長に就任し、社長交代のあいさつで取引先や銀行などを巡る日々。取引先から新人扱いされることもあったが、持ち前の明るさで信頼関係を着実に築いていった。営業や経理などを社員が担い、社長が実務に手を出さなくても事業が回る体制が敷かれていたことにも助けられた。
「従業員のみんなは、何も分かっていない社長の息子が会社に来て、いきなり『社長になります』と言われて、それは不安だっただろうと思います。それでも好意的に受け止めてもらいました。感謝の気持ちしかありません。4人の営業社員が、本社や呉など3拠点で営業活動を行っており、1人でも辞めていたら、経営状況はずっと厳しかったでしょうね。60代の取締役が雇用延長してくれたり、税理士事務所の担当者が銀行との交渉の仕方を教えてくれたり。本当に皆さんのおかげで経営ができています」

「まだ若く経験も少ない。偉そうに社長風を吹かせないように日頃から気をつけています。社長である自分だけが得をしないように、経営の状況をできる限り社員に開示。利益はみんなで山分けしようと話し、営業のモチベーションを引き上げています。少人数ですが、良いチームに仕上がってきていると感じています。それでも、まだ5年目。毎期毎期を確実にこなすしかありません」
 事業承継をきっかけに、企業の成長につなげようと、同業他社にはまねできないという新しいサービスを19年に始める計画だ。

18年12月には営業効率を高めるために、廿日市市串戸から広島市西区商工センターに本社を移転し、再スタートを切った。

早めの準備が大切 余裕ある承継が永続に

孝行さんが、一時は消えてしまう可能性もあった企業のともしびをつないだことで、16年10月に創業30周年を迎えた。

「これまでの会社の歴史を振り返っていると、父の偉大さに気付きます。私が小学生の頃、経営が行き詰まり給料をもらっていない時期があったようです。会社に残された決算書が、私への『手紙』のように感じるときがあります。それほど苦労して残してくれた会社だと思うと、身が引き締まる思いです」

 余裕のある承継を受けられなかった立場として、上手な引き継ぎについて、
「外部からピンチヒッターの経営者を探して、一時的に頼む選択肢もあったかもしれませんが、当社はそれをせずに結果的にはうまく引き継ぎができたと思います。先代にとって私は40歳を過ぎてからの子どものため、まだ私が若すぎて、具体的な引き継ぎ準備に踏み込めなかったのだろうと察します。しかし、早めに準備しておくことはやはり大切。そうすれば、引き継ぐ側も、余裕を持って、万全の体制で経営に臨めると思います」

(情報提供:広島県)