専業主婦から社長に 火災で社長の意識固める〔親族内承継〕

公開:2019年3月15日

M&A事例

事業承継のカタチvol.1 株式会社キャピタルコーポレーション

事業承継は会社にとって重要な課題だが、日々の経営に追われ先送りにされがちだ。準備には5~10年がかかるとされ、長期的な視点で取り組む必要がある。親族内、第三者などさまざまな事業承継の事例を連載で紹介する。

専業主婦から急きょ、社長就任 自覚はなく、名ばかり

広島市中区で3店舗を構える焼き鳥店「炭焼雷」は、2018 年に創業40周年を迎えた老舗で、夕方になると会社員らでにぎわう地域の人気店だ。同店を経営するキャピタルコーポレーションの村井由香社長がたどった道筋に、さまざまな試練が待ち構えていた。
 同社は村井社長の父である山部冨士夫さんが1978 年に創業。焼き鳥店のほか、婦人下着の訪問販売、不動産業などを幅広く手掛け、特に不動産業はマンションブームに乗ってマンション用地の売買や戸建て住宅販売などで売り上げを伸ばし、主力事業に育つ。
「2004年頃から不動産業の雲行きが怪しくなる中、父の体調不良も重なり、とりあえずということで05年に私が社長に就きました。経営者の自覚はなく、昼1時には子どもを迎えに幼稚園に向かう日々。経営の知識も、覚悟もない状態で、まさに名ばかりの社長でした。父も、私に本気で経営してほしいとは思っていなかったようで、後になって知りましたが、飲食事業は第三者に売却するつもりで複数社に打診していたようです」

経営を引き継いだ当時、伸び悩んでいた不動産業に加え、飲食業は損益分岐点ぎりぎりの状態。銀行からは借り入れを断られる状態だった。抱えていた負債は所有不動産の売却でほぼ精算したが、事業の将来性はなく、その後も銀行取引は断られる状態が続く。
「ノウハウも人脈もない不動産業からは早々に撤退を決め、飲食業で経営の立て直しを図ろうと考えていました。今だから言えますが、本音では会社の将来展望を描けず、このままつぶれるだろうと思っていました」

火災を機に覚悟固める 自分のやり方で企業の成長描く

その後、村井社長に立て続けに試練が降りかかる。頼りにしていた父の冨士夫さんが08年に他界。翌年に、店舗のダクト内のすすに火の粉が移り、本社併設の店舗を全焼させてしまう。周辺への影響が少なかったことと、人的被害がなかったことが不幸中の幸いだった。しかし、身の震えるような惨事に遭って瞬時に経営者としての決心を固めることになる。
「当時も資金繰りに苦しんでいたため、消防署からは自ら火を放ったのではないかと疑われる始末。そして、これからのことを心配し、すがるような目で私を見てくる社員たち。その日初めて、経営者が持つ社会的責任の大きさに気付きました。頼る人はなく、泣きたくなる気持ちを抑え、社員たちに将来を示さなければならないと、その日のうちに『1年後に新しい店をオープンする』と宣言しました」
 覚悟を決め、それからは近隣への謝罪、新店の準備、資金繰りの算段、残り2店の経営と無我夢中で走り抜け、1年後に宣言を実現した。

並行して多くの経営者が所属する団体に入り、経営者としての勉強を始める。ワンマンでトップダウン型の先代社長と同じ手法は使えないと割り切り、任すことのできる、人を育てる社内の仕組みづくりに着手。事業計画書を社員と一緒に手探りでつくり、研修制度を導入したほか、全国の有名店を視察する社員旅行を始める。
 さらに決算賞与を導入。着実に社内の雰囲気をプラス志向に変えていった。17年からは人手不足対策もあり、週一日の定休日の導入に踏み切る。
「定休日で7分の1の売り上げを放棄。しかし、1日の平均売上高は着々と増えてきました。融資を断られる状態から、自己資本比率70%までに安定させることができました」

計画的な引き継ぎが効果的 後進に任せる気概も大切

 同社の沿革には「火災により全焼」の文字が記されている。
「本来であれば隠したい出来事ですが、日々のちょっとした気の緩みから惨事につながることの戒めにしています。絶対に忘れてはいけないし、絶対に再び起こしてはいけない。今後、この地域で『雷』ブランドをさらに確固たるものに育て、店舗数を増やしていきたいです。のれん分けの制度を設け、社員の独立を支援していく方針です」
と、将来展望を語る。また先代からの事業引き継ぎについては、
「もっと計画的に引き継ぎの準備があればよかったと思います。一方、私がプレイングマネージャーとして現場に入らなくても事業が回る仕組みができていたことはありがたかった。頑張ってくれる社員のおかげで、私は経営の勉強をする時間をもらえました。現場に引っ張られてしまうと、どうしても全社的な判断がしにくくなります。私は現場に立たない分、何でも言える雰囲気をつくり、社員の意見を吸い上げることを意識しています。また、これから後進に経営を引き継ぐ方は、きっぱりと権限を委譲することも大切。肩書きを譲った後も、いろいろなことに口を出してしまう人がいますが、それでは新しい経営者は萎縮してしまう。潔く引く覚悟も必要でしょうね。私も10年先に向けて長期的な視点で、今後の事業承継を考えないといけない時期に来ていると思っています」

(情報提供:広島県)