事業承継のカタチvol.7 東洋電装株式会社
事業承継は会社にとって重要な課題だが、日々の経営に追われ先送りにされがちだ。準備には5~10年がかかるとされ、長期的な視点で取り組む必要がある。親族内、第三者などさまざまな事業承継の事例を連載で紹介する。
事業拡大で人材・設備が不足 後継不在の同業者に出会う
安佐南区緑井に本社を構え、空調やプラントなどの制御盤の設計・製造や、無線LANを中心とするネットワーク構築などを手掛ける東洋電装。1973 年の創業から業容を拡大し、近年は自社ブランドの企画・開発を進め、制御装置や高速道路向け製品で急速に売り上げを伸ばしていた。受注が増える一方、人手不足が常態化し、生産設備はフル稼働の状態で、新たに受注できない状況に陥っていた。その解決策として桑原弘明社長が検討していたのがM&A(企業の合併・買収)だった。取引のある広島銀行に相談したところ、紹介されたのが同業のバロ電機工業だった。
バロ電機は東洋電装と同じ制御盤メーカーで、同じ安佐南区内に事務所を構えていた。古田悦雄さんが72年に創業し、40年以上にわたり会社を率いてきた。
業績は堅調に推移していたが、70歳を目前に控え、体力の限界を感じていた古田さんにとって、後継者探しが最大の経営課題になっていた。親族や社員から探したが見つからず、会社を存続させるための選択肢は、他者に事業を譲る「第三者承継」しか残っていなかった。もし譲渡先が見つからなかったら、やむを得ず廃業せざるを得ないと覚悟していた。
誰に相談し、相手をどのようにして見つければいいのか分からなかったが、たまたま広島商工会議所内にある「広島県事業引継ぎ支援センター」のチラシを目にする。早速相談に行くと、金融機関やコンサルタントなど複数の登録コーディネーターの紹介を受け、その中から広島銀行を支援先に選んだ。
好条件が重なり譲渡成立 専門家の支えがあったからこそ
両社から相談を受けた広島銀行が仲介役を担い、2014 年6月に両社長が顔を合わせた。事業内容や経営状態などさまざまな話をする中で、東洋電装の桑原社長が強く感じたのは、「必ず社員の雇用を守る」という古田さんの強烈な意思だったという。
「交渉を進める中で、古田さんから買収金額など金銭的な提案は一切なく、第一に社員を大切にする意思と情に厚い人柄が伝わってきました。また、ものづくりを愛する心に共感を覚え、事業譲渡を受けるときはバロ電機がこれまでに築いた貴重な技術などを失わせてはならない、という使命感を抱きました」
高速道路などインフラ系の公共事業が主の東洋電装と、民間主体のバロ電機は、同業でありながらそれぞれが異なる市場で事業を展開していた。確かな技術を持つ人材と、工場・敷地を近隣の安佐南区に確保できる上に、新たな市場開拓を狙えるバロ電機の買収は、東洋電装にとって大きなメリットがあった。まさに両社にとって〝渡りに船〟だった。
15年3月31日付で、株式の譲渡契約を結んだ。桑原社長は約束通りバロ電機の全社員の雇用を継続し、「変える必要がない」と社名も残した。この契約は、県事業引継ぎ支援センターの第1号の成約案件となった。桑原社長は、
「最後まで伴走してくれた広島銀行に、とても助けられました。株式譲渡の手順や企業の評価法、準備資金額の妥当性、成約に向けての課題解決など、専門知識も経験もない中で、それらをすべてパッケージにしてわれわれに提案し、話を共に進めてくれた。おかげで、バロ電機の社員さんと食事の場を設けるなど、企業文化の確認やすり合わせに力を注ぐことができました。こうした専門家の支えがなければ、契約には至らなかったと思います」
譲渡先を探すのに約1年半、正式契約までに約9カ月がかかり、合わせて約2年3カ月を要した。同行の担当者が足しげく両社を訪れ、寄り添ってきたことが実を結んだ。
承継でさらなる事業拡大へ M&Aを成長戦略に生かす
桑原社長は事業を引き継いで早々に相乗効果を実感したという。
「これまで取引のなかった自動車部品メーカーと新たな取引が始まり、事業の幅が広がっています。今後、多くのメーカーの製造現場に自動化の波がやってきます。バロ電機に蓄積された、工場ラインの製造・メンテナンス技術を生かし、設備投資需要を取り込んでいきたいです。また現在、東洋電装の事業として進めている、IoT(モノのインターネット)の導入もメーカーに提案し、事業拡大の足掛かりにする計画です」
16年6月には、東洋電装の専務がバロ電機の社長に就任し、空調システム事業を同社に移管した。社員が新たに活躍できる場を増やすほか、事業の効率化を狙ったもので、東洋電装以外の新たな〝器〟ができたことで、経営の裁量が増しているという。
「活力を持っているが、後継者不在を理由に廃業を選ばざるを得ない企業があることは社会にとって大きな損失です。それを防ぐには、元気な企業が事業を引き継ぐのも有効な手段の一つ。また、新たな取り組みに挑み、社内に変化を与えることは会社や社員の成長にもつながります。私自身、今回の事業承継を通じ、得がたい発見や経験ができました。会社のさらなる発展を目指すための方法として、迷っている人は一歩を踏み出してほしい」
好事例として取り上げられる円滑な事業承継を実現し、古田さんは喜びと共に、ほっとひと安心しているという。東洋電装は、今回の経験を生かし、M&Aをさらなる成長戦略の手段と位置付けている。