事業承継のカタチvol.6 明石ストアー
事業承継は会社にとって重要な課題だが、日々の経営に追われ先送りにされがちだ。準備には5~10年がかかるとされ、長期的な視点で取り組む必要がある。親族内、第三者などさまざまな事業承継の事例を連載で紹介する。
地域に親しまれる店を守る オーナーは継承に大反対
竹原市からフェリーで大崎上島町の垂水港に渡り、そこから島の南へ20分ほど車を走らすと、明石地区に着く。そこで約50年にわたり、地域の生活を支えてきた個人商店が「明石ストアー」だ。島内では珍しく、愛媛県今治市の市場で買い付けた新鮮な野菜を扱い、店内で手作りする総菜が人気という。
長年店を切り盛りした川谷定さんは80歳を機に、閉店を検討していた。そのうわさを聞きつけた呉信用金庫の職員だった新本孝徳さんは、休日に仕入れ作業や清掃を手伝うようになる。
1984 年生まれの新本さんは高校まで明石地区で過ごし、「30歳までに故郷に戻る」と決め、大学進学で島を出た。福山大学を卒業し、警備会社に就職。営業職として働いているとき、呉信金が大崎上島町での居住を条件に求人募集していることを知り、2011 年に帰島した。明石ストアーは家族で暮らし始めた家の近くにあった。
「明石は生まれ育った大好きな場所。ただ過疎化は深刻で、地区に飲食店はなく、JA以外に食料品店はこのお店だけしかない。だからこそ『継ぎたい』と強く思いました。しかし川谷オーナーに相談した当初、『若い一家を路頭に迷わすわけにはいかない』と大反対されました。当時31歳。仮に35歳まで赤字経営でも、そこから再就職できると不思議な自信がありました」
店を手伝いながら粘り強く熱意を伝え続け、17年に継承の了承を得た。同年3月に一度閉店し、4月に改装オープン。前オーナーは昔かたぎで経営について多くを語らないため、まず新本さんが取り組んだのは「全てを引き継ぐ」ことだった。
まずは全て引き継ぐ 住民が気軽に集まる場所へ
「今のお客さんが離れると、経営は成り立たない。改装したものの、前オーナーが続けたことを1度はやってみる覚悟でした。その中で不要なものを整理するつもりで経営を始めました」
引き継ぎたいものは明確にあった。愛着のある店名や、使い慣れた電話番号はもちろん、長年愛される総菜の味もその一つ。そこで、総菜を作っていたオーナー夫人を雇い、現在も作り方を一つ一つ学んでいる最中だ。これまで通り、今治市への週3回の買い付けは欠かさない。店舗経営に「自分の色」を出すのは、全てを経験した後からだと決めている。
「作り手は変わっていないのに、『総菜の味が落ちた』と言われたことも。店の良し悪しは長年の信頼の上に成り立っていると、肌で痛感しました。『0から全て自分の色で』、なんて言っていたらあっという間に倒産します」
店舗改善の第一歩として、所狭しと並ぶ陳列棚を撤去し、平台を置いた。節電のために半分に減らしていた蛍光灯を付け直し、店内を明るくした。課題だった食品ロスを解消すべく、野菜や肉、魚介類の入荷量の最適化を目指している。以前はオーナーが高齢だったため、買い付けた野菜が店頭に並ぶのは午後2時以降。それを午前11時に早めるなど細かな改善に余念がない。
またマニュアル化を進め、特に経験と勘に支えられた総菜作りはレシピを残し、誰が作っても同じ味で提供できるようにした。 「いつまでも私がプレーヤーでいたら、店でできることは限られます。従業員には『早く私を暇にしてくれ』と伝えています。その時間を使って、新しいことにどんどんチャレンジしていきたい」
呉信金時代に築いたネットワークを生かし、総菜を他地区の個人商店に卸す取り組みを始めた。今後は、生鮮食品を柱に育てようと、島内で唯一扱う竹原市産の峠下牛や、父と共に地元の漁協に加盟し、自身で漁に出て採った新鮮な魚を提供している。それが目当ての客も増えている。同店にしかない商品を増やし、付加価値を高める狙いだ。
また、臨時的に扱っていた日用品を減らす一方、近隣住民の買い物を代行する「御用聞き」役を買って出ている。店舗の枠にとどまらない交流を大切にし、可能な限り要望に応えることで信頼を築いている。
店舗での新たな構想も描く。その一つが店を地域住民が集う場所にすること。店内にイートインスペースを設けるほか、仕事帰りに気軽に酒を飲める角打ちの導入も検討中だ。
「大学のアルバイト経験から、お好み焼き店を出すことが夢でした。まさかスーパーを始めるとは思っていなかったですが、地域の皆さんが気軽に集まり、笑顔になってくれたらうれしいです」
「まずやってみる」の精神 相談できる人脈が大切
引き継ぎに当たっては、大崎上島町商工会の伴走型支援により、専門家派遣や政府系金融機関の創業支援融資を受けることができた。また県の経営革新計画の承認を受けるなど、新たな設備投資や事業展開にも着手している。国の「ものづくり補助金」を申請中で、設備更新を進める計画だ。前職の呉信金の上司からは現在もアドバイスを受ける。また同じ経営者とのつながりを大切にし、
「悩みを気軽に相談できる人脈をつくっておくことは大切だと思います。1人で悩んでも煮詰まることが多い。地域の消防団や野球チームに所属し、地域活動にも積極的に参加しています」
同店2階では夫人の典子さんがガラス細工のアクセサリー工房を開いている。典子さんは、
「むちゃな挑戦に思えましたが、夫は何事にも全力で臨んでいる。大変な思いもしましたが、これからもそばで見守り協力したい」
孝徳さんが奮闘の日々を送れるのも内助の功があるからだろう。取材後、「お客さんから要望があった」と、スウェットスーツに身を包み、颯爽と海へ向かった。