中小M&Aガイドラインとは
経済産業省中小企業庁が策定した中小企業者向けのM&Aに関するガイドラインです。2015年4月に公表されたこれまでの「事業引継ぎガイドライン」を全面改訂し、2020年3月に新たに「中小M&Aガイドライン」として公表しました。
公表の背景として、M&Aを通じた第三者への事業引継は、後継者不在の中小企業にとって、「事業承継の重要な手法の一つ」として位置づけた上で、中小企業経営者のM&Aに関する知見の少なさを補い、第三者譲渡への抵抗感を払拭し、支援機関の適切な支援の実施に向けて、国としてガイドラインを公表する形になりました。
- 中小企業庁「事業引継ぎガイドライン」(2015年4月公表)
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」(2020年3月公表)
何が書かれているか
ガイドラインでは、「M&Aの基本的な事項や手数料の目安」「M&A業者等に対して、適切なM&Aのための行動指針」が示されています。ガイドラインは、全国48カ所の事業引継ぎ支援センターと同センターの登録機関へ遵守を義務付けるほか、その他の中小M&A支援に関わる幅広い機関にも遵守を求めることとなっており、今後の中小企業のM&Aの基準として普及することが見込まれるため、本ガイドラインの内容を把握しておくことは、経営者だけではなく、支援機関にとっても重要となります。
徹底解説!「中小M&Aガイドライン」
概要
「第1章 後継者不在の中小企業向けの手引き」では、主に経営者向けに中小M&Aの事例と、中小M&Aの進め方について記載されています。加えて、近年広がりつつある「M&Aプラットフォーム」や、国の支援機関である「事業引継ぎ支援センター」に触れつつ、M&Aに係る手数料の考え方について整理しています。
「第2章 支援機関向けの基本事項」では、主に支援機関に向けて、基本姿勢や、M&Aに関する支援を行う各ステージにおける具体的な行動指針を示しています。また、「M&A専門事業者」「金融機関」「商工団体」「士業等専門家」「M&Aプラットフォーマー」といった支援機関ごとにそれぞれのM&Aにおける関り方について記載されています。
「第1章 後継者不在の中小企業向けの手引き」の内容
主に経営者に向けてM&Aについて事例を交えて気を付けるべきポイントを記載しています。
中小M&Aの事例
詳細内容は概要資料に記載しつつ、以下の場合の事例を列挙しています。
- 「小規模企業・個人事業主において中小 M&A が成立した事例」
- 「経営状況が良好でない中小企業において中小 M&A が成立した事例」
- 「親族内承継の頓挫から中小 M&A に移行し成立した事例」
- 「意思決定のタイミングが中小 M&A の成立内容に影響を与えた事例」
- 「譲り渡し側の条件の明確化が中小 M&A の成立に寄与した事例」
- 「従業員の反対にもかかわらず成立した事例」
- 「廃業を予定していたものの中小 M&A が成立した事例」
- 「何らかの理由により中小 M&A が成立しなかった事例」
中小M&Aの認識について、以前は、譲渡企業側は「後ろめたい」、「従業員に申し訳ない」、譲受側においても敵対的買収を行う「ハゲタカ」のようなイメージであり、どちらかというとネガティブな印象が強かったことを指摘し、そういった認識が「必ずしも時代の趨勢に合致していない」と述べています。また、従業員・取引先等への影響についても、中小企業の経営は「雇用の受け皿」であり、「サプライチェーンの維持」へ影響力があると位置づけ、譲受企業によっては譲渡企業の魅力を引き出し、その価値を認める場合もあるため、早期に支援機関に相談することが望まれるとしています。
譲渡企業の留意点として、場合によっては早期に対応することで譲渡価額が大きくなるケースや、手続きについても数か月から1年程度かかることから「早期判断」の重要性を伝えています。加えて、手続きを進める上での「秘密保持の徹底」についても、情報漏洩や不用意な発言によりM&Aが頓挫するケースも見受けられることから、外部はもちろん、親戚や友人、社内の役員・従業員に対しても、知らせる時期や内容には十分注意する必要があり、複数の支援機関に相談する場合も同様に注意が必要と述べています。
中小M&Aの進め方フロー図によって一般的な中小M&Aの進め方を説明しています。
事前準備として、「支援機関への相談」「後継者不在であることの確認」「引退後のビジョンや希望条件の検討」について説明しています。加えて、中小M&Aの実行に向けて「経営状況・経営課題等の現状把握(見える化)」と、「事業承継に向けた経営改善等(磨き上げ)」が必要とされる中で、特に最低限、株式・事業用資産等の整理・集約が必要と指摘しています。
一般的な流れとして以下の内容について説明しており、各項目について、それぞれのステージの概要や留意すべき事項を記載しています。
- 意思決定
- 仲介者・FAを選定する場合/しない場合
- バリュエーション(企業価値評価・事業価値評価)
- 譲り受け側の選定(マッチング)
- 交渉
- 基本合意の締結
- デュー・デリジェンス(DD)
- 最終契約の締結
- クロージング
- クロージング後(ポストM&A)
近年急速に普及しつつあるM&Aプラットフォームについて、その基本的な特徴と留意点について述べています。
基本的な特徴として、登録が無料であるため、小規模な事業者でも中小M&Aの可能性が大きく広がったと評価しており、M&A専門事業者しか接触できなかった情報へのアクセス改善により、よりスピーディーな交渉が可能になっており、廃業以外の選択肢がありうると認識した上で、積極的にM&Aプラットフォームを活用することが望まれるとしています。
留意点としては、「情報の取扱い」について、インターネットの特性上、個者が特定されるリスクを踏まえ、自社の情報開示対象を慎重に検討する必要があるとしており、利用するプラットフォームの選択についても、各社の仕組みを理解した上で活用する必要があると伝えています。
また、「真に極秘で進めたい案件は、M&A プラットフォームには向いておらず、仲介者・FA との使い分けが必要になる」や「マッチング後の基本合意・最終契約締結や、これに関する条件交渉等の具体的な手続は、原則として、譲り渡し側・譲り受け側の当事者が行うことになる。しかしながら、中小 M&A において、各当事者は中小 M&A に関する知見を有していないことが多いことから、事業引継ぎ支援センターや士業等専門家等の支援機関による支援を受けながら手続を進めていくことが望ましい。」等の記述から、プラットフォームと支援機関の役割分担についても述べられています。また、M&Aプラットフォームの手数料についても記載されており、具体的な事例を挙げています。
事業引継ぎ支援センター同センターは経済産業省の委託を受けた機関(都道府県商工会議所、県の財団等)が実施しており、事業承継に関連した幅広い相談対応を行っており、同センターの概要説明に加えて、参考資料の中では、全国48か所の連絡先一覧等が記載されています。
仲介者・FA の手数料についての考え方の整理M&A仲介に関する手数料の概要について整理しています。主な手数料として以下を挙げています。
- 着手金
- 月額報酬
- 中間金
- 成功報酬
上記「4.成功報酬」については、以下の3つの基準のいずれかに、一定の方式に則った計算を施すものが多いとしており、最低手数料が設けられるケースも多い一方で、その金額も水準もそれぞれの仲介者・FAにより異なるため、比較検討することが望ましいとしています。
- 譲渡額(譲受額):譲渡(譲受)した金額を基準とするもの。
- 移動総資産額:譲渡額(譲受額)に負債額を加えた金額を基準とするもの。
- 純資産額:資産と負債の差額を基準とするもの。
上記の基準の価額を元に報酬を算定する手法として多く採用される「レーマン方式」について述べています。レーマン方式を採用しつつも、譲渡側が小規模な場合「基準となる価額」が小さくなるため、最低手数料を設けている仲介事業者も多いとしています。また、具体例によって様々な仲介手数料のケースを紹介しています。
(レーマン方式)基準となる価額(円) | 乗じる割合(%) |
---|---|
5億円以下の部分 | 5% |
5億円超10億円以下の部分 | 4% |
10億円超50億円以下の部分 | 3% |
50億円超100億円以下の部分 | 2% |
100億円超の部分 | 1% |
「第2章 支援機関向けの基本事項」の内容
主に支援機関に向けて、その基本姿勢や各支援機関の特色、支援内容、留意事項等について述べています。
支援機関としての基本姿勢支援機関へ国として期待する役割として、「中小企業の意思決定やその後の諸手続の段階において適正なサポートを行うことにより、我が国における中小 M&A の促進に資する役割」を期待するとしており、「依頼者(顧客)の利益に真に忠実に動くことが求められる」と述べられています。また、支援機関それぞれの役割の違いから、各支援機関は自らで抱え込むのではなく、必要に応じ、他の支援機関と積極的に連携することが望まれています。
各支援機関について各支援機関について、それぞれの支援の特色や留意すべき点について記載されています。
(1)M&A事業者支援の特色として、「M&A の仲介業務や FA 業務に従事する専門業者であり、中小M&A の実現にとって重要な役割を有する支援機関」とする一方で、士業等専門家は法律で資格要件、業務内容、善管注意義務や刑罰等が明確にされているものの、M&A専門業者については許可制・免許制等は採用されておらず、業界における一般的な法規制が存在していない点について触れており、支援経験や知見が乏しい専門事業者の場合、適切に業務が進められないおそれを指摘しています。そのため、中小 M&A 市場における透明性・公正性の確保を目的に、各工程において具体的な行動指針が示されています。
加えて、仲介という形態から利益相反のリスクを鑑みて、そのリスクを最小限とするため、最低限の措置として「譲渡側・譲受側に仲介契約を締結する仲介者であることを伝えること」「バリュエーション(企業価値評価・事業価値評価)、デュー・ディリジェンス(DD)といった、一方当事者の意向を踏まえた内容となりやすい工程に係る結論を決定しないこと」「利益相反のおそれがあるものと想定される事項について、各当事者に対し、明示的に説明を行うこと」等が挙げられています。
また、並行して他の M&A 専門業者への依頼を行うことを禁止する条項(専任条項)について、譲受側の心象や情報拡散抑止の観点で一定の合理性を認めつつも、中小企業者における適切な判断のため、専任条項を設ける場合でも、その対象範囲を可能な限り限定すべきとしています。その他、いわゆるテール条項(仲介契約・FA 契約終了後一定期間(テール期間)内に、譲渡側と譲受側がM&Aを行った場合に、当該契約等は終了しているにもかかわらず、手数料を取得する条項)についても、一定の合理性を認めつつ、その期間を最長でも2~3年とすることが望ましいとしており、その対象は、あくまで当該 M&A 専門業者が関与・接触し、譲渡側に対して紹介した譲受側に限定すべきと述べています。
(2)金融機関支援の特色として、金融機関は貸付先である顧客の財務情報を有しており、特に地方において非常に重要なネットワークを有しており、自らの顧客基盤内でマッチングも可能であると指摘し、その重要性や有用性について触れています。他方、中小M&Aに対するノウハウや人員体制はまちまちであることも指摘し、地域経済の活性化だけではなく、金融機関自身の経営基盤確保のためにも重要である旨が述べられています。
主な支援内容として、<気付きの機会の提供>、<「見える化」「磨き上げ」支援>、<中小 M&A 実行支援>、<中小 M&A 実行以後に関する支援(ポスト M&A 支援)>が挙げられており、留意点としては、事業引継ぎ支援センター等の他の支援機関との連携や、情報管理の徹底について触れています。また再生局面にある場合において、譲渡側の真意に即した支援が求められている点や、経営者保証に関するガイドラインを遵守すべき点について述べています。
(3)商工団体商工団体については、経営に関する一般的な相談を受けることが多いことから、事業承継についてのニーズを含む各中小企業の事業の状況や地域の位置づけ等を認識できる立場にいると位置付けています。
主な支援内容としては、<気付きの機会の提供><適切な支援機関への橋渡>としており、留意点として、情報の取扱いへの注意や、他の支援機関と積極的に連携することが挙げられています。
(4)士業等専門家士業等専門家については、それぞれの専門分野と職責が異なり、必要に応じて連携することが期待されています。
公認会計士財務・会計の専門家である公認会計士については、財務書類その他財務情報(事業計画やバリュエーションのための基礎情報)の信頼性の向上、監査業務や上場支援業務の経験を生かした組織的な社内体制構築への助言や支援、譲渡スキームの検討・策定等、中小 M&A 全般に関する支援が主な内容であるとされ、依頼を受けた場合には、財務デュー・ディリジェンス(財務 DD)や譲渡対価の基礎となるバリュエーション(企業価値評価・事業価値評価)を業務として提供するとされています。
主な支援内容として、<適正な財務書類の作成支援><プレM&A支援(コーポレート・ガバナンスの構築支援、株式・事業用資産等の整理・集約の支援、中小企業における適切な内部統制の構築・運営の支援、中小 M&A に伴う経営者保証解除の円滑な実現に向けた支援)><バリュエーション(企業価値評価・事業価値評価)><財務 DD><債務超過企業に対する中小 M&A 支援><中小 M&A 実行以後に関する支援(ポスト M&A 支援)>が挙げられており、業務が多岐にわたっており、他の支援機関と連携して業務を進める必要があると述べられています。
税理士中小M&A に関わる業務は、直接的には税理士の業務に含まれていないため、税理士が顧問先の M&Aについて関与しきれていないケースもあるものの、中小M&Aについて相談されるケースも増えていると思われるため、税理士は中小企業の経営者にとって身近な相談役であり、中小企業の税務・会計にも精通していること等から、中小 M&A においても積極的に支援することが期待されています。
主な支援内容として、<適正な税務申告書等の作成等(助言義務、コーポレート・ガバナンスの構築支援、株式・事業用資産等の整理・集約の支援)><中小 M&A に伴う経営者保証解除の円滑な実現に向けた支援><中小 M&A の課税関係等を踏まえた適切な助言及び提案(株式譲渡、事業譲渡)><中小企業等経営強化法における登録免許税・不動産取得税の特例、許認可承継の特例><税務DD><バリュエーション(企業価値評価・事業価値評価)><マッチングサイト等の活用><債務超過企業に対する中小 M&A 支援>が挙げられており、公認会計士同様多岐にわたることから、他の支援機関と連携し、顧問先に親身に寄り添う姿勢が期待されると述べられています。
中小企業診断士中小M&A における役割として、経営者のよき相談相手となるとともに、「磨き上げ」を通じた企業価値・事業価値の向上、ビジネス(事業)DD 、ポスト M&A 支援等、 幅広い工程で積極的に支援することが期待されています。
主な支援内容として、<気付きの機会の提供><中小M&A前後の企業価値・事業価値向上への貢献><企業概要書の作成等の支援><中小M&Aに伴う経営者保証解除の円滑な実現に向けた支援><ビジネス(事業)DD><債務超過企業に対する中小 M&A支援>が挙げられており、財務・税務・法務について、各専門分野の士業と同等の知識を有していないため、事業引継支援センターを含む、他の専門機関と連携することが望ましいとされています。
弁護士中小M&Aにおける役割として、法務の専門家として、円滑な中小M&A実現に向けて、譲渡側の利害関係者に対して紛争予防等の観点から利害関係の調整における代理人としての交渉や、株式譲渡や事業譲渡といった手法の選択、譲渡スキームの検討・ 策定等、全体的な手続進 行のコーディネートを行い、契約書の作成、リーガルチェック、法務DD等の個別の対応事項等、多面的な支援を行う立場とされています。
主な支援の内容として<株式・事業用資産等の整理・集約の支援><契約書等の作成・リーガルチェック><中小M&Aに伴う経営者保証解除の円滑な実現に向けた支援><法務DD><債務超過企業に対する中小M&A支援>が挙げられており、他の士業等専門家同様、他の支援機関と積極的に連携することが望ましいとされています。
その他の士業等専門家として、行政書士、社労士等を例に挙げ、これらの士業等専門家においても、中小M&Aの相談等を受けた場合は、他の支援機関と連携の上、業務・職責に応じて適正な支援が望まれるとしています。
インターネット上のシステムを活用し、譲渡側と譲受側のマッチングの場(M&Aプラットフォーム)を運営する者であり、中小M&Aで多額の費用をかけられない、又は、専門業者等に依頼することを躊躇する中小企業等に対して、中小M&Aを後押しできる立場であるとしています。
主な支援内容として、<マッチングの機会の提供><後継者不在の中小企業に対する中 小 M&A に係る意識醸成>が挙げられており、留意点として<サービス内容の明確化><掲載案件の信頼性>について述べられています。他の支援機関との連携については、M&Aプラットフォームの利用促進がマッチング機会の拡大に大きく寄与するとしており、事業引継ぎ支援センターも含めて、他の支援機関と積極的に連携することが望ましいとされています。
終わりに
以上が「中小M&Aガイドライン」の概要です。本編だけでも88頁あるので、中小M&Aについて関心のある経営者の方は、上記をご一読の上、関心ある部分については本編をご覧になり、更に理解を深めて頂ければと存じます。支援機関の方におかれましては、本ガイドラインにおいて、様々な支援機関の役割だけでなく、積極的な連携についても触れられており、今後の中小M&Aのスタンダードとなる可能性があるため、ぜひご一読ください。