事業承継型M&Aにおける税金

公開:2021年3月23日

コラム

事業承継型M&Aにおける税金

事業承継の選択肢として、いわゆる「事業承継型M&A」と呼ばれる、M&Aによる第三者への承継を選択するオーナー経営者が増えています。事業承継型M&Aの場合、事業承継を目的とするので必然的に売手オーナーが高齢であるケースが多いのが特徴です。中には、「相続税の納税資金を確保するためにM&Aを選択した」という方もいらっしゃいます。今回は、M&A時における売手側の税金の取り扱いを中心に考えていきます。なお、売手の会社株式はオーナーが100%保有していることを前提とします。

記事のポイント

  • 事業承継型M&Aの税金は「株式売却益に対する税金」「退職金に対する税金」を考慮
  • M&Aにおける税制・会計の議論は複雑。単なるM&A取引だけでなく、売手・買手双方の視点に立てる専門知識を!

株式売買時の税金

株式売却が成立した場合、株式を売却した利益(株式売却益)に対して20.315%(所得税15.315%、住民税5%)の税金が課されます。また、売手オーナーが同時に会社を退職し、退職金を受け取る際には、退職金に対して所得税・住民税が課されます。

M&Aにおける株価と退職金は、通常、売手と買手との交渉で「総額」を先に決め、その後に株価と退職金の内訳を決めていきます。例えば、取引の総額を5億円と決めたのであれば、内訳として「株価:3億円」「退職金:2億円」とするのも選択肢ですし、「株価:5億円」「退職金:0円」とすることも可能です。上記は内訳の話ですので、売手に入ってくる金額は5億円で同じです。しかし、株式の譲渡代金への課税と、退職課税のそれぞれは税金計算が異なるので、税引後の手残りに違いが出てくることとなります。具体的な計算は以下の通りです。

【株式の譲渡代金に対する課税(所得税・住民税)】
(計算方法)
株式の売却益=売却代金 - (株式の取得費+譲渡費用)
所得税   =株式の売却益 × 20.315%
※株式の取得費は、国税庁の通達により、売却代金の5%とすることもできます。
(参考:国税庁HP「No.1464 譲渡した株式等の取得費」
※譲渡費用はアドバイザー等に対する手数料。

【退職金に対する所得税・住民税】
(計算方法)
退職所得
《勤務年数20年以下の場合》
退職所得=退職金額 - (40万円 × 勤続年数)
《勤務年数20年以上の場合》
退職所得=退職金額 - (70万円 × (勤続年数 - 20年) + 800万円)
所得税・住民税=退職所得 × 1/2 × 累進税率 - 累進税率による控除額

※ご参考:所得税(復興特別所得税含む)・住民税の累進課税率と控除額一覧
課税所得金額 税率(%) 控除額(千円)
0 15.105 0
195万円以上 20.210 100
330万円以上 30.420 436
695万円以上 33.483 649
900万円以上 43.693 1,568
1,800万円以上 50.840 2,855
4,000万円以上 55.945 4,897

上記算式に当てはめて考えていくと、退職金額に対する税率が20.315%を超えると株価として受け取ったほうが有利となります。
(単位:千円)

パターン① パターン② パターン③ パターン④
株価 退職金 株価 退職金 株価 退職金 株価 退職金
受取金額 500,000 0 460,000 40,000 300,000 200,000 0 500,000
税金 ▲96,496 ▲88,777 ▲2,364 ▲57,898 ▲44,894 0 ▲128,812
手取金額 403,504 0 371,223 37,636 242,102 155,106 0 371,188
(合計) 403,504 408,859 397,208 371,188
※株式の取得費は売却金額の5%とし、譲渡費用は0円として計算。
⇒株価を460,000千円、退職金を40,000千円とするパターンが売手の税引後手取額が最大化

しかし、買手の立場からすると株式の譲渡代金として支払うより、退職金として支払う(売手社内の金額で支払う)方が、買手からの手出しが少なくなること及び法人税の計算上、損金として税効果を期待することができるため、買手の事情により退職金の割合を多くするケースが多いです(退職金は、法人税の計算上、否認されない程度の金額を支払います)。

株式保有割合・会社分割スキームにおける税金の考察

売手オーナー経営者の株式保有割合が少ない場合は、退職金で調整できる

売手オーナー経営者の株式保有割合が少ない場合、例えば、社長の株式保有割合が10%程度で、残りの90%を社長の子供たちが保有していた場合、株式の売却代金としてはオーナー経営者本人が手にする金額は少なくなってしまいます。その場合は株価と退職金の総額のうち、株価の割合を下げ、オーナー経営者への退職金を多くすることによりオーナー経営者本人への支払金額を多くすることもできます(ただし、会社法上、退職金額の決定は株主総会での決議事項ですので、この場合はオーナー経営者以外の株式所有者(今回の場合は子供たち)の同意が必要です)。

売却対象としない事業がある場合

本業のほかに自社所有の不動産があり、その不動産からの賃貸収益による不動産賃貸業などを営む会社がM&Aによる売却を検討する場合、不動産賃貸業は残し、株式売却後も一定の収入を確保しておきたいと考える方がいらっしゃいます。この場合、会社を本業の会社と不動産賃貸業の会社に分割して本業の会社だけを売却していくスキームを活用することが可能です。

上記の例では、不動産賃貸業の会社を新設会社としています。これは法人税法上、適格分割に該当させるためです。一方で、不動産の所有権が移動してしまうので、登録免許税が課されることとなります(この場合、通常であれば不動産取得税は適格要件に該当し、課されることはありません)。

また、会社分割時に会社内にある現預金や借入金をどちらの会社の財産にするかにより、税金計算が異なる結果となります。このようにM&A時に売却対象としない事業がある場合はスキームにより様々な税金が動くのでスキームの比較検討を慎重にしていく必要があります。この際、当然のことながら、本業に影響が出るなど買手にマイナスの影響を与えないようなスキームを優先し、検討を重ねていくこととなります。

M&A・事業承継における税制の議論は複雑である一方、一般的なM&A仲介会社において、税理士・公認会計士は少なく、必ずしも税務・会計の深い知識が備わっている訳ではありません。M&Aによる事業承継がより一般化された昨今において、M&Aを検討する際は、単に売買を成立させることを目的とするだけではなく、売手・買手双方にとって、税務・会計の視点からベストな選択肢を検討していくスキルが求められます。