「ハンコ不要」について政府見解を徹底解説!

公開:2021年3月23日

コラム

コロナ禍でテレワークの活用に社会全体がシフトする中で、「ハンコ」等の従来の事務手続きについて、その役割や在り方が見直されています。特に「契約」に関しては、押印が慣例であることもあり、M&A・事業承継の事務手続きにおいても影響がある可能性があります。政府がどういった見解を示しているかを解説します。

記事のポイント

  • 「押印についてのQ&A」では、「特段の定めがある場合を除き、契約に当たり、押印をしなくても、契約の効力に影響は生じない。」と記載。
  • 行政は「見積書、請求書、領収書等」については、押印不要としつつ、契約書については記名押印が必要という方向性。
  • 「押印」の有無ではなく、「真正性の担保」に向けた取組が必要。

「押印不要」の議論の経緯

「押印不要」の議論の根拠は、内閣府の「規制改革推進会議」における「第10回 デジタルガバメント ワーキング・グループ」において、経済4団体(日本経済団体連合会、経済同友会、日本商工会議所、新経済連盟)からの要望に対し、内閣府・法務省・経済産業省が共同で「押印についてのQ&A」という文書で見解を示した形になります。

「押印についてのQ&A」には何が書かれているのか?

契約は「意思の合致」で成立するものであり、押印がなくても「契約の効力に影響力は生じない」とし、特段の定めがない限り、押印がなくても契約の効力に影響は生じないとの見解を示しています。

その上で、民事裁判における「押印」の効果を「文書の真正な成立が推定される」=「証明の負担が軽減される」ことであると解釈を示しています。また、「文書の真正な成立」は、本人による押印の有無のみではなく、証拠全般に照らし、裁判所の自由心証により判断されるとしており、押印により必ずしも「文書の真正な成立」が成り立つ訳ではなく、その効果は限定的としています。

その上で、「文書の成立の真正が裁判上争われた場合」における、いわゆる「二段の推定」における解釈を示し、推定である以上、他人が印章を利用した等の反論があれば、その推定は破られうることと、実印は印鑑証明書により印鑑の作成名義人と印章の証明がある程度容易だが、認印の場合は難しいとしています。
※「二段の推定」

  1. 文書の作成名義人の印影が、当該名義人の印章によって顕出されたものであるときは、反証のない限り、その印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと、事実上推定される。
  2. さらに、上記1.の推定によって、「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」と定める民事訴訟法第228条4項の要件を充足し、文書全体の成立の真正が法律上推定される。

加えて「文書の成立の真正を証明する手段」について、①継続的な取引関係がある場合、②新規に取引関係がある場合に分け、例示列挙しています。①では、「取引先とのメールのメールアドレス・本文及び日時等、送受信記録の保存」、②では、「契約締結前段階での本人確認情報の保存」、「本人確認情報の入手過程(郵送受付やメールでの PDF 送付)の記録・保存」「文書や契約の成立過程(メールや SNS 上のやり取り)の保存」が挙げられています。上記に加えて、③ 電子署名や電子認証サービスの活用も推奨されています。

また、文中において、「テレワーク推進の観点からは、必ずしも本人による押印を得ることにこだわらず、不要な押印を省略したり、「重要な文書だからハンコが必要」と考える場合であっても押印以外の手段で代替したりすることが有意義」と言及されており、押印以外の手段を推奨する姿勢が見て取れます。

どうなる?行政における「押印」の動き

内閣府規制改革推進室による「「行政手続における書面主義、押印原則、対面主義の見直しについて(再検討依頼)」の結果概要」の一部を抜粋すると、全省庁横断的な取組について、以下の記載があります。

  • 見積書、請求書、領収書等については、押印不要とするとともに、e メール等での書類提出を認める。
  • 見積書について、押印が困難な正当な理由及び提出書類が正規な契約相手方からの発行であることの確認をもって押印の省略・原本の後日提出を認める。
  • 立会検査等について、可能な限りオンラインでの対応を検討する。
  • 契約書については、会計法の規定に基づき記名押印が必要。
  • 契約書等、会計法令に規定があるものについては、所管省庁の判断に従う。
  • 法令に根拠がないが押印を求めているものについては、慣習的なものであるが、真正性担保が必要であり、会計手続の統一的運用の観点から、全省庁統一的な対応が必要。
  • 契約書については、会計法令上、発注者・受注者双方の押印が求められており、押印をしないことより、訴訟等が発生する恐れも見込まれるため、押印不要とすることは適切ではないと思われるが、会計手続の統一的運用の観点からも全省庁統一的な判断・対応が必要と考える。
上記のとおり、「見積書、請求書、領収書等」については、押印不要としつつ、契約書については会計法に基づき記名押印が必要という方向性であることが見て取れます。

M&A・事業承継における影響

M&Aにおいても基本合意書や最終契約書等、押印を伴う文書が存在します。慣例も踏まえて、どこまで「押印」がなくなるかは難しいところではありますが、上記解釈を受け、「押印」そのものの行為ではなく、将来的なトラブルリスクに備えるためには、その真正性を担保するための取組(経緯やメール等のやり取りの保存等)も重要になると感じています。加えて、行政のスタンスを踏襲するのであれば、少なくとも「契約」に関する行為については、双方の意思を形にして残しておく意味でも、押印した文書を残しておく方向性になることが予測されます。

コロナ禍が経済に与える影響は、実体経済のみならず、こういった文書の取引にも及んでいます。「新しい生活様式」ならぬ「新しいビジネス様式」において、この流れを上手く利用し、ビジネスチャンスを掴み、自社のビジネスを更に加速させるか、もしくは流れに乗るのではなくこれまでの方法を踏襲し続けるか、どちらがよいと一概には言えませんが、ビジネスにおいてもこういった時代の流れを感じ取ることが必要になります。